第9回 斎藤茂吉『赤光』をよむ / 同世代の歌人の歌をよむ
日時 2015年6月14日13~17時
会場 川崎市産業振興会館
出席者 鷺成(司会)、千、鳩虫
第一部 斎藤茂吉『赤光』をよむ(2) 発表者:千
大正二年「おひろ」~「墓前」
第二部 同世代の歌人の歌をよむ(4)
気になる歌を持ち寄って
ここでは、「斎藤茂吉『赤光』をよむ(2)」および「同世代の歌人の歌をよむ(4)」をダイジェストで報告します。
第一部 発表タイトル「なぜ茂吉は読み難いのか」 発表者:千
発表タイトルになっている「茂吉の読み難さ」とは、発表者の千さんによれば、音読のしづらさと、茂吉が多用する言葉(例えば「居る」)のとっつきにくさの二点に要約することができます。
音読のしづらさに関しては、千さんは馬場あき子氏の「朗誦性」と「朗読性」という言葉(『短歌』2014年9月号)を引き合いに出していました。千さんの指摘は、茂吉短歌において、歌として詠ずることよりも、文学作品として書き、読むことに比重が置かれるというものです。
また、言葉遣いのとっつきにくさに関しては、一個一個の言葉の意味を調べながら読めば、そう難しい歌ばかりではないという反論がありました(鳩虫)。一方で、発表レジュメに資料として取り上げられた下記の歌に関して、確かに、『赤光』初版本の歌には、やや複雑な構造をしたものがあるということも、見て取ることができました。
ふらふらとたどきも知らず浅草の丹ぬりの堂にわれは来にけり(初版)
かなしみてたどきも知らず浅草の丹塗の堂にわれは来にけり(改訂版)
鷺成さんからは、玉城徹『茂吉の方法』(1979年)に書かれてあることをもとに、初版と改訂版とで、意味の上での歌の切れ目が変化しているという指摘がありました。
・『赤光』初版の際には、初句の「ふらふらと」のところでいったん意味が切れ、二句から四句までをはさみ、結句の「われは来にけり」に繋がっている。つまり、「ふらふらとわれは来にけり」という一文がまずあり、そこに「たどきも知らず浅草の丹ぬりの堂に」が挟み込まれている。
・一方、改訂された後では、初めの「ふらふらと」が「かなしみて」に変更された結果、「かなしみてたどきも知らず」までは一息に読み下ろすようになる。改訂後は、二句切れの歌になっている。
このような、句と句の間の繋がりの弱さ、未整理の言葉遣い(その弱さや未整理ということが歌の魅力になることがあるにせよ)に、千さんが感じたような「読み難さ」を見出すことは出来そうです。
第二部 同世代の歌人の歌をよむ(4) 各自持ち寄り
歌と評(提供:鷺成)
:『短歌』2015年5月号特集「次代を担う20代歌人の歌」より
① 服部真理子「塩と契約」
② 吉田隼人「あらかじめ喪はれた革命のために」
③ 薮内亮輔「autrementをautumnと見間違えたままくる秋(もしくは狂ふ秋、、)
資料(提供:鳩虫)
:『うた新聞』2015年6月号より
吉川宏志「これからの秀歌15 ―自分勝手な読みについて」(①の歌の批評に関する記事)
全体に共通する印象としては、比喩が比喩としての役割を果たしていない場合が多く観念的、もしくは説明的でした。ことばに実感がこもらないので、独り善がりに見える言い回しが多く見られました。
第一部の茂吉短歌に繋がる傾向として、歌が視覚に大きく依存しているという点が挙げられています(千)。砕けた言い方をすると、字面で読ませようとしているということ。音読して味わうということからは遠く隔たったところで歌を作っているように思われました。
悪、大きな夕暮れの歯が悲歌ります、生きるためひかるのは禁じて 薮内氏
ここには極端な例を挙げました。「ひかり」を「悲歌り」と表記するなど、薮内氏の掲出歌は、日常的な漢字表記と異なる書き方をしており、紙に書かれた(あるいは印字された)状態でなければ、まるごと一首を受け止めることができません。
ここで、第一部で茂吉の評語として取り上げられた「朗読性」を、もう一度、引き合いに出してみることができます。茂吉の時代で既に、歌をうたいあげる朗誦から一歩退いて、文字を読み上げる朗読へ、歌の在り方が移行していたけれど、薮内氏の掲出歌まで行くと、「朗読性」から「黙読性」へと、さらに重心が移動しています。
(文責:鳩虫)